猫になった

ある青年が、「猫になりたい」と言って旅に出たそうだ。
 
失踪ではなく、行き先は告げていた。
インドの奥地。
修行場のいくつもある山奥。
 
しばらくはそこで暮らしていたようだ。
猫になるために苦労して修行を積んでいるという手紙が友人宛に時々きていた。
 
5年後、手紙が来なくなった。
 
心配になった友人が、彼を探しに向かった。
インドの奥地に。
 
わずかな手がかり。
彼を知るという人物を見つけた。
 
そこは長距離運送の道路、荒野を走るトラックのための休憩地点。
運転手が食事を、トラックがガソリンを補給する場所。
 
その小さな休憩所の店主が話をしてくれた。
 
彼はよくここに食事にきていたそうだ。
手紙はここから出されていた。
 
友人はその店主と会話するために数日、その付近に宿をとった。
 
最後に見たときの様子も元気だったそうだ。
 
猫好きな彼は、この店の裏庭の猫たちの世話も手伝ってくれたと。
その猫たちを見せてもらった。
 
決して狭いわけではない庭。そこに鳥小屋などがいくつかある他は、地面を猫たちが埋め尽くしていた。
50匹ぐらいいるだろうか。
 
友人があっけにとられていると、足元に1匹の猫が寄ってきた。
思わず、しゃがみこんで猫の顔をのぞきこむ。
しばらく見つめ合う。
猫は「にゃー」と一声鳴くと、彼女の足元になついて寝転んだ。
 
『――――以上が私が調べた話だ。
噂では続きがある。彼女はその後、そこに住み込み、猫たちの世話をしてすごしたと。
ある人は、その後彼女がいなくなってから、その猫たちに仲間が1匹増えたという。』
『バカらしいね。その青年と彼女が猫になったとでもいうのかい?』
『さて、どうだろう。幸せになったのならよい、とそう思う。』
『ロマンチストめ(笑)』
『私の長所だよ』